
以前の私は、料理を「家事のひとつ」として、どこか義務のようにこなしていました。
でも、年齢を重ねて心の余白ができてくると、ふと気づいたのです。
**「台所に立つ時間が、私自身を整えてくれている」**ということに。
音・香り・手ざわり…五感が整う時間
野菜を切る「トントントン」という音。
火をつけた瞬間の、コンロのやさしいゴーという音。
お味噌汁の湯気から立ちのぼる、だしの香り。
台所しごとは、五感を優しく刺激してくれます。
それはまるで、静かな“瞑想”のよう。
心がざわついている日ほど、私は包丁を持ってみます。
ただ目の前の野菜を切る。その単純な作業が、心を「今ここ」に戻してくれるのです。
「食材に触れること」は、自分と向き合うこと
旬の野菜に触れると、「今の季節」が手のひらに伝わってきます。
冷たかったり、やわらかかったり、土の香りが残っていたり。
その感触をじっくり感じているうちに、自然と自分の内側に意識が向くようになります。
料理は、食材との対話であると同時に、自分との対話でもあるのかもしれません。
整えるとは、「少し片づけること」
「なんだか気持ちが落ちつかない…」そんな日。
私はまず、台所の布巾を絞り直し、シンクをさっと拭きます。
整えると、呼吸が深くなる。
整えると、自分にやさしくなれる。
スピリチュアルな視点から見ても、「空間を整えること」は内側の浄化にもつながっていると感じます。
台所は“日常の神聖な場所”
どこか特別な場所に行かなくても、
高価なものを買わなくても、
心を整える場所は、自分の家の中にちゃんとあります。
そう、それが“台所”なのです。
暮らしのなかにある神聖な空間として、
台所に立つたびに、自分の軸が少しずつ戻っていくような気がします。
最後に:今日も、台所に立てたことがうれしい
完璧なごはんを作らなくてもいい。
冷蔵庫の中のもので、少し炒めるだけでもいい。
大切なのは、「自分のために、丁寧な時間をもつこと」。
今日も、台所に立てた私、えらい。
そう思えるだけで、心があたたかく満たされていきます。
🍀あなたの台所時間が、癒しと調和に包まれますように。
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